⚠️メンテナンス中⚠️狭いベランダは我が森ぞ

言いたい放題な生息記録

カテゴリ: テーマに沿ってetc…(ダーク寄り)


世の中には鬼畜にも劣る蛮行を平気で行える人間がいるもので、自分も同じホモサピエンスなのかと思うと虫酸が走りませんか?

もしそんな話の通じないレベルの悪と戦うなら、自分が死ぬか相手が死ぬか、という極論になる。つまり、自分が殺される前に相手を殺さねばならないのです。
相手をどこか他の星にでも飛ばせればいいのですが、そうもいきませんからね。その星も大迷惑だと思いますし。

何の戸惑いも無く決行できる。
しかし殺せば殺人罪。人を雇うにもリスクがある。

行き場の無い怒りにモヤモヤしますよね。
悪い奴にはいつかバチが当たるって言葉があるけれど、実際当たらない奴は当たらないですし。
自爆してくれるのが一番良いですが、なかなかそうもいかない。


犯罪被害者である本人はもちろん、家族や友人の中には、決して時間も解決してくれず、復讐心で狂いそうなまま、耐え難い日々をお過ごしの方もいらっしゃるかと思います。
心を殺され何も考えられなくなった方や、辛さに耐え兼ね自ら命を絶とうとしている方もいらっしゃるでしょう。

私は無責任なアドバイスなどしたくありません。しかし、これだけは忘れないで欲しいのです。
「同じ土俵に立つべからず」

自分を悪に近付ける、落とす必要はありません。

以前、悪質なペットビジネスについて書いた際、身勝手な理由でペットをお払い箱にする人間についても触れました。

世話が大変だから。吼えたり噛んだりするから。芸をしないから。もう流行りの犬種じゃないから。大きくなったから。他に飼いたいペットができた。ペットが妊娠してしまった。大家さんにバレた。病気になったetc.

無責任な飼い主と、非道な繁殖と販売をする業者。その間で翻弄される愛玩動物
需要と供給が成り立っている以上この先も続く、人間にとっての「恥の歴史」だと思います。

流行というものは恐ろしいですね。

服でも何でも流行りが廃れれば大量の廃棄と化しますが、命まで左右されてしまうなんてとんでもない世界ですよ。


以前こんなことがありました。

「さみしいから犬を飼おうと思う」と、知人男性Aに言われ、私は反対しました。
Aが単身赴任中でペット禁止のアパートに住んでいる上、早朝から夜まで仕事で家を空けていることを知っていたからです。
それに、Aには犬を飼育する上での知識がありませんでした。と言うより、勉強する気さえ無かったのです。
「残飯あげればエサ代かからない」とか「ほとんど家の中にいるんだから予防接種なんかしなくても平気」とか、とにかくお金をかけずに済ませたいようでした。

周りがどう言おうと、Aの『犬が欲しい』という欲望は強まるばかり。飼いたい犬種も毛色も決まっており、良い店とは言い難いペットショップをハシゴして、ついに仔犬を値切ってローンで購入してしまいました。

Aはしばらく仔犬の写真や動画をメールでせっせと送ってきました。
ちゃんとかわいがっているようで良かった、とは思いました。
しかし、なんと翌月には「家を空けてる間一匹じゃかわいそうだから、もう一匹欲しい」と言い、すぐに買ってしまったのです。

それから数ヵ月後でした。Aが「犬をもらってくれないか?」と言ってきたのは。
連休中に仔犬2匹を連れて妻子の元へ戻った際、奥様に「かわいくないから連れて帰ってこないで」と言われたのだと。
私は最初「ひどい奥さんだね」なんて言ってしまいましたが…

真相はこうでした。

以前Aは奥様に、単身赴任先のアパート内で撮った仔犬たちの写真を何枚かメールで送っており、その中にAの浮気相手の足が少しだけ写ってしまっている写真があったのです。
つま先が少し写っている程度とは言え、ペディキュアをしているのですぐに女だとバレたそうです。
犬に罪は全くありませんが、奥様が「浮気相手と一緒に可愛がった犬を連れて帰ってくるなんてふざけるな!」となるのはしょうがないです。

結局、Aは仔犬たちを自分の実家に押し付けました。「ど田舎だから庭も広いし、あいつらも幸せだろう」と。

しかし、悲劇はまだ続きます。
Aは仔犬たちを手放してから約一ヶ月後、再び「さみしいから」と別の仔犬を買ったのです。
なぜ前の仔犬たちを実家から呼び戻さないのかと聞くと、「あいつらはもう大きくなってきたし、田舎暮らしのほうがいいだろ」と。


何から何まで酷い話でしょう。
生き物を飼う時は、自分がそれに値する人間なのか、精一杯近付く努力ができるのか、よく考えてほしいものです。

生き霊とは、生きている人間の強い思念が幽体となって肉体を離れたもの。
憎悪や嫉妬などの他、恋慕や心配といった情も、生き霊となる。

無意識のうちに生き霊を飛ばしてしまうことはよくあるようで、私の生き霊を目撃した人も何人かいる。
私は非科学的なものは信じないのだが、普段は存在感の薄い私から、どうしてそんなに存在感のある生霊が発生するのか考えると少し面白い。


初めて生き霊を目撃されたのは、何年も昔、私がチンピラに軟禁されていた頃のこと。
そんな事になっているとは知らない母が、実家で何度か私の生き霊を見ているのだ。
私が帰ってきた気配を玄関に感じたり、「ただいま」という声を聞いたり、廊下を歩いている姿を見たり。 
きっと私の「帰りたい!」という強い思いが、生き霊となったのだろう。

その頃母は、私が白骨化して発見されるビジョンのようなものも見ており、確かにそうなっていた可能性はゼロではないのでゾッとした。
チンピラは豚箱にブチ込んだし、少し復讐もできたのでご安心を。


一方、平和と自由を満喫していた時期でさえも、休みで職場にいないはずの私を何人かの同僚が認識している。
「さっきまでずっと更衣室にいましたよね?」「昨日いましたよね?」など、どうやら私の生き霊は職場思いで働き者のようだ。 

休日に疲れが取れるどころか増してしまうのは、生き霊となって働いているせいなのか?
その分の給料が欲しい… 


こんなふうに、負の感情ではない生き霊が無意識のうちに飛んでいった場合は、飛ばした側にも目撃した側にも特に問題が無いそうだ。
注意が必要なのは、憎悪の塊となった生き霊を、意識的に特定の人物に飛ばし、取り憑かせてしまうケースである。
憎悪から発生した生き霊に取り憑かれた人は、悪寒などに苦しむ他、怪我を負ったり病気になったりもする。最悪の場合は命を落とす。

しかし、それほどの強烈な念を飛ばすことにより、飛ばした側の精神もかなり疲労し、健康を損なってしまうのだ。
抜け殻のようになってしまう恐れもある。


さて、生き霊に取り憑かれないようにするにはどうしたら良いかというと、単純に塩で浄化するのが一番らしい。
風呂場で全身に塩を体に軽くすり込むのが良いとのこと。
ということは、美容のためにマッサージ・ソルトで全身を擦り擦りしている人は大丈夫だということになる。

早朝の神社は、まさに聖域だ。
まるで都会の喧騒から離れた異空間。木々に、虫たちに、生命の息吹きを感じる。

が、しかし!


ある朝、いつものように神社で木や虫の観察をしていると、自治会の帽子をかぶったおじさんとおばさんが近付いてきました。
二人は不審者を見るような目で私を…

「おはようございます!」というおじさんの大きな声には『勇気を出して話しかけた感』が漂っておりました。
おばさんは片手に携帯電話を握りしめたまま、おじさんの後ろに隠れたままです。
たぶん画面は110スタンバイOK。

その時、向かいの家のカーテンがシャッ!と勢い良く音を立てて閉まりました。
たぶん通報したのはその人でしょう。
騒いでいたならともかく、ちょいと酷くねぇっすか?

おじさんは無理矢理な笑顔で「何をしているのかな?と思って」と話を切り出しました。
私が「観察です」と答えると「何かおもしろいものありましたか?」と、おじさん。
「蟻とダンゴ虫が」と私。


(心の声)私のバカバカ!「こちらの黒大蟻はハチ目ヤマアリ亜科オオアリ属に分類されるんですよ。私の記憶が確かならば、同属のムネアカオオアリと並んで日本列島に分布する蟻の中では最大となる大型の蟻ですよ」とか言えば研究熱心でマトモな人間だと信じてもらえたかもしれないのに!今度から理科の先生っぽい眼鏡をかけてこようかな。何かのデータを書き込んでるっぽいノートも必要か。いっそ白衣も着ようか…


私はとっさに「春日神社ならハクビシンとか出るんですけどね」と、物知り&他の神社にも行ってるんだぞ的アピールをしました。
すると、おばさんの強張った表情がやわらぎ
「あなた春日神社も知ってるの?」と食いついてきました。
「はい、地元なので」

地元。
それはなぜか強いキーワードである。

二人とも一気に安心したようです。
何その『地元の人なら大丈夫』ってやつは。

おばさんは「四丁目にも出たんですって。天井からおりてきたのをお嫁さんが見たらしいわよ」と、急にお喋りさんになりました。
おじさんも打ち解けた表情で「古い家は入られちゃうよね。新しい家は構造上入りにくいけど」と、しばらく井戸端会議状態に。


数分後、二人は「観察の邪魔してごめんね」と言って立ち去りました。
私は木の栄養を吸っちゃうキノコや、葉の裏にある我の卵、苔などを観察して過ごしました。


その後、歩道にこっぺちゃんの姿が見えたので出ていくと、こっぺちゃんはこう言いました。
「森から妖精が出てきたのかと思ったよ」

見る人が見れば不審者、見る人が見れば妖精なのですね。

日本が大凶作によって米不足となったのは、1993年秋のこと。
外国米を9年ぶりに緊急輸入するも、味や食感が不評で、カビがみつかるなど衛生面も悪かった。そのため、翌年3月には国産米を求める長蛇の列があちこちに出来た。高値で売る人や売り惜しむ人も出てきて、わりと大変な騒ぎとなった。
これが平成コメ騒動である。

すぐに豊作になり、この騒動は嵐のように去っていったが、あのまま大凶作が続いていたらどうなっていたのだろうか?
農家の人を考えると、パンや麺類を食べればいいじゃんって問題ではないし。


輸入米の中でも超絶に不人気だったのが、長細いパサパサのタイ米。
皆が口々に「不味い」「合わない」「臭い」と言い、緊急輸入までしたのにタイ米だけが売り場にポツンと売れ残る始末。
しかし、私(当時小学生)はこのタイ米が大好きだった。祖母がシーチキンとケチャップで炒めてくれたタイ米なんて、もう最高。「美味しい美味しい」と食べる私を見て、祖母も嬉しそうだった。

私は、顔をしかめて不満を言う周囲を見て、幼いながらにこう思ったものだ。

口に合わないからといって「臭い不味い」と声に出して言うのは、タイの人々に対して失礼ではないか?工夫して調理してくれている人にも失礼ではないか?味がどうこう言えるだけ、まだ余裕があるんだな、贅沢者め。


今でもふと思い出す、あのタイ米の味。
ゲテモノでも雑草でも何でも食べ、好き嫌いは特に無い私だからこそ美味しいと思えたのだろうか。祖母の手料理だから美味しかったのか。
あれ以来、これだこれこれこの味だ!というタイ米には出会っていない。


余談だが、私はタイ雑貨を扱う店でバイトをしていたことがある。
アカ族やモン族の伝統的な刺繍入りバッグ、カレン族のカレン・シルバーで作られたアクセサリーなど、細かい手作業で作られた品は実に味わい深かった。
催事の店だったので短期間だったが、色々勉強になった。
「裏メニューとか無いの?」ときいてくるお客様が時々いたのは面白かったなあ。

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