⚠️メンテナンス中⚠️狭いベランダは我が森ぞ

言いたい放題な生息記録

タグ:きのこ

八坂神社へ向かいます。
道路脇には蔦の這うシートが。土が舞うのを防止するためにかけられたシートなのでしょうけれど、私にはゲリラ戦の待ち伏せ用か何かに見えてしまう…

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この八坂神社は、大正13年に津田沼駅前の商店街で祀られていたお稲荷様を、昭和50年にここへ移転したものだそうです。

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私の目当てはこちら。
「皇紀二千六百年紀念」と刻まれた国旗掲揚台です。

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いつものことですが、手水に水無し。

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狛犬は、まるで飛びかかってきそうなポーズと表情でした。

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登山紀念碑のほうは、裏面に「大正14年7月」とありました。

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これは何でしょう?宇宙っぽさを感じてしまいます。

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境内の木に、サルノコシカケが。

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さて、次の目当てへと探検を続けます。

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先程の馬頭観音群から少し歩いたところで、墓地を発見しました。
一見ただの墓地ですが、手前に…

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ボロボロで文字が読めませんでしたが、境界石です。

そしてその少し手前横には…???読めません。

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隣は大正時代の馬頭観音でした!

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この二基の後ろにも何かが二基ありました。

まずはこちら、両側には、月山、羽黒山の文字がくっきりと。ということは、中心は湯殿山の、出羽三山です。

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側面には、文化七寅牛天十月の文字が。

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こちらは。。。。。後で調べます。

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側面は十一月吉日だけ読めました。

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反対側の文字は、安永六…たぶん丁酉年、二月二日か三日でしょう。

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近くにモグラの穴が!

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このキノコ付き切り株も、朽ちた感じが凄いです。

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綺麗に整備されたごく普通の墓地の横には、まだ昔のままになっているお墓もいくつかありました。

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弟から廃墟の情報を得たので、さっそくここへ行ってきました。

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まずは下の道を歩いてみます。

aaaa


さっそく登場した廃墟は、昔は惣菜屋だったであろう建物。
ほとんど文字が消えていますが、うっすら『お惣菜』と読めます。

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武蔵野線のガード下手前にも、廃墟がありました。

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こちらが玄関のようです。

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こちらは裏口。豆電球が懐かしいですね。

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二階。ベランダが荒れ放題です。屋根も含め、家自体がぐにゃっと曲がっています。

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その隣のアパートも、いつの間にか廃墟になっていました。

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一室だけベランダから中が見えました。

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ロフト付きのワンルームだとわかります。

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外には放置自転車が。すぐ後ろを京成の電車が通過中。

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その隣は切り株だらけの空き地です。

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武蔵野線のガード下まで来ました。

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一旦道を戻り、今度は上の道を歩いてみます。

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パチン、パチン、と音がするので、もしや!と思ったらドングリでした。
風が吹くたびに小さなスダジイが落ちてきます。

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折れ枝からカワラタケが生えていました。
食用ではありませんが、癌治療に使われる薬用キノコです。

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小紫(コムラサキ)も綺麗でした。

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写真右側の下が、最初に歩いた道。転がり落ちたら怪我する高さです。

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武蔵野線のガード手前の階段を下り、最初の道に。

zzz


先へ進みます。

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途中で猫の足跡がしっかり残ったアパートを発見。

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別の道へ出る辺りに、貴重な茅葺(かやぶき)が!
住宅ではなく、倉庫として使われているようです。

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京成船橋駅の裏通り。

この『インマヌエル船橋キリスト教会』は、終戦の翌年に創立されました。
子供の頃、ここから教会のキャンプに行ったことがあります。大人になってからも、クリスマスのキャンドルサービスに参加したことが。

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って、工事中?!まさか無くなってしまうんじゃないよね?!
ウェブサイトがバグってしまい、情報わからず。

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こちらは『稲荷神社』です。
様々な店舗が犇めき合う狭い路地に、突如現れます。

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なんと、鳥居の前で国威宣揚の石柱を発見しました!
下のほうが埋まってしまっていますが、陸軍中将が揮毫した石柱だということがわかります。
お名前は、谷口元…埋まっているし削れているので読めません。
陸軍大学卒業者名簿を見る限りは、谷口元治郎(卒業階級・砲兵大尉、最終階級・中将、最終軍職・第108師団長、駐在・仏、陸士・16期)だと思います。
石柱の裏には、『紀元二千六百年』とありました。

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稲荷神社は、寛政・享和(1789~1803)頃に建てられました。
御祭神は、宇賀魂神、稚産霊神、大己貴神となっています。

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古き風景の中、一対のおきつね様だけが、真新しく真っ白に輝いています。

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横の木にサルノコシカケを発見。

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細道を抜けて歩いていたら、稲荷神社に関する石碑がありました。
文字が少し削れていますが読んでみます。

『お稲荷さんは、農民には豊作を祈る神、商人には商売繁盛を祈る神であり、いわば非常に守備範囲の広い神様です。江戸時代になると、家々の屋敷神として爆発的に広まり、本社の伏見稲荷から分けて祭られました。このお稲荷さんも、元は地元のある家が伏見から分けてもらったものと伝わりますが、効験あらたかなので、地区の守り神として信仰されるようになりました。そのため、この神社の脇の道は稲荷横丁と呼ばれるようになりました。多くの神様は、現世のご利益を祈ってお参りされますが、特にお稲荷さんは幸福をもたらす神の代表的な存在です。』

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近くにも小さなお稲荷さんが。
鳥居はかなり古そうですが、石祠は新しいです。

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