⚠️メンテナンス中⚠️狭いベランダは我が森ぞ

言いたい放題な生息記録

タグ:寺

船橋を何気なく歩いていたら、謎のお寺を発見しました。
入口はどう見ても個人の家といった感じの作りですが、中はちゃんとお寺なのです。

2015-12-26-14-57-59

2015-12-26-14-58-10


入ってすぐ右には、妙清尼修行影像などが安置されていました。
妙清尼とは、文禄の役の際に黒田長政の家臣である林直利が朝鮮から連れ帰った幼女(戦争孤児・後に出家)だそうです。
妙清尼の情報が少ないどころか、この寺の情報がほぼ無いのは、朝鮮絡みだからなのでしょうか?

2015-12-26-14-58-29


入って左にはお稲荷さんがありました。
岩のせいか、結構迫力があります。

2015-12-26-14-58-21


その並びには大慈堂という小さなお堂がありました。
中には観音様が安置されていました。

2015-12-26-14-58-42

2015-12-26-14-58-56


本堂の前には、弘法大師一千百年御遠忌報恩塔などなど。

2015-12-26-14-59-05


ええと、皆様、すみません。
なんて名前のお寺なんだろう…と思い、寺額を見ようと本堂に近付いたら、結構大きな音でピーンポーン!とチャイムが鳴ったので、焦って逃げてしまいました。
なので、この寺の名前は不明です。むしろ、場所も不明です。なぜか全く思い出せません。
いつかまた探しに行って、チャイムにビビらずに、じっくり見させていただこうと思います。


ということで、皆様、よいお年を!

2015-12-28-03-03-26

宝冠釈迦如来を御本尊とする宝成寺は、江戸時代初期に同地域を治めていた栗原藩・成瀬氏の菩提寺として創建された、曹洞宗派の寺院だそうです。

2015-11-10-13-38-22


成瀬正成の次男之成、之成に殉死した3人の家臣、夭折した之虎、第7代犬山城主成瀬正寿などがあり、市内唯一の大名家の墓所とのこと。

2015-11-10-13-38-55

2015-11-10-13-39-15


苔生した石段を上っていくと…

2015-11-10-13-39-46

2015-11-10-13-40-05


大きな岩がいくつも転がる中、鐘つき台がありました。

2015-11-10-13-40-40

2015-11-10-13-41-54

2015-11-10-13-42-22

2015-11-10-13-43-49


今回は写真中心でお送りいたします。

2015-11-10-13-41-33

2015-11-10-13-42-41

2015-11-10-13-43-03

2015-11-10-13-45-12

2015-11-10-13-45-54

2015-11-10-13-43-31

2015-11-10-13-46-34

2015-11-10-13-46-52

2015-11-10-13-47-50

2015-11-10-13-48-25


軍人さんのお墓がありました!

2015-11-10-13-49-08

2015-11-10-13-49-34

2015-11-10-13-50-14

2015-11-10-13-50-24


また軍人さんのお墓がありました!

2015-11-10-13-50-48

2015-11-10-13-52-07


ここからの写真は、成瀬家墓所。

2015-11-10-13-53-30


2015-11-10-13-52-36

2015-11-10-13-52-47

2015-11-10-13-53-13

2015-11-10-13-53-05

2015-11-10-13-52-58

2015-11-10-13-53-44

2015-11-10-13-53-59

2015-11-10-13-54-06

2015-11-10-13-54-21

2015-11-10-13-54-27

2015-11-10-13-54-38

2015-11-10-13-54-45

銀杏拾いを我慢しつつ、辺りを見回していたら、こんな魅力的な一画が。

2015-11-08-14-10-42


こちらの石祠は、中の木札から『再建・稲荷宮』だけ読み取れました。
側面からは慶応元年(1865年)9月のものだとわかりました。

2015-11-08-14-10-57

2015-11-08-14-12-05


こちらは全くわからず。

2015-11-08-14-11-31


近くにあったこちらは空っぽでした。

2015-11-08-14-11-46


赤い屋根と扉が特徴的な、両寺合併供養塔。

2015-11-08-14-13-07

2015-11-08-14-13-26


本堂の横には、見事な無縁塔があります。

2015-11-08-14-15-13

2015-11-08-14-17-53

 2015-11-08-14-14-22


こちらは、十九夜講・如意輪観世音菩薩。
なんと江戸時代に作られたものです。

2015-11-08-14-14-41


image


墓地参道を歩いてみます。
参道脇にもたくさんの緑があり、目に楽しいです。
境内には約300種類の植物があるそうなので、春にまた見たいなあ。

2015-11-08-14-20-24
 
2015-11-08-14-20-06

2015-11-08-14-21-29


右へ進むと、客殿・玄関があります。

2015-11-08-14-21-11


左へ進むと、すぐ墓地があるのではなく、しばらく素敵な中庭が楽しめます。

2015-11-08-14-21-42

2015-11-08-14-22-33

2015-11-08-14-23-16


中庭には、水天神の滝と、水神社と刻まれた社があります。
水は止まっていました。夏には少し流しているそうです。

2015-11-08-14-23-28

2015-11-08-14-23-51


中庭を過ぎると小さな鐘つき堂が、と思ったら鐘は無く…なんと、下がトイレになっていました。

2015-11-08-14-24-18

2015-11-08-14-25-01


階段横には焼却炉。

2015-11-08-14-25-16


階段より先は墓地なので、あちこち写真をバシャバシャ撮るのは控えます。
お地蔵様だけ、撮らせていただきます。

2015-11-08-14-25-46


お地蔵様の頭には、レース編みニット帽が!
誰かが一生懸命編んだのでしょう。こんなオシャレなお地蔵様、素敵。
現在私も色々作っているので、なんだか嬉しくなるなあ、こういうの。

2015-11-08-14-26-34


正延寺、見応えたっぷりでした。
見慣れた場所でも、じっくり観察すると様々な発見があり、楽しかったです。

2015-11-08-14-40-37

先日、正延寺(明治41年に旧山野村の正覚寺と延命院が合併し、山野山・正延寺となりました)をじっくり見てきました。
昔はここの一画に銀杏幼稚園があり、何を隠そう私はそこの園児だったのです。
なので、今回は改めて、ということになります。

2015-11-08-14-03-45

2015-11-08-14-05-05

2015-11-08-14-04-27

2015-11-08-14-05-44


掲示板に『銀杏どうぞ』の貼り紙が!
拾いたい!でもまだ家に大量の銀杏があるので…

2015-11-08-14-04-12


御本尊は、正覚寺伝来の木造五智如来坐像(胎蔵界五智如来)です。
江戸時代に正覚寺の地中から発見されたそうで、平安時代に作られたものと推定されています。
知りませんでした!いや、園児だった頃聞いたのかもしれませんが、覚えてません。
秘仏なので、元旦のみ一般に公開されるとのこと。

2015-11-08-14-04-02


本堂の手前には、新四国八十八ヶ所お砂踏みがあります。

2015-11-08-14-06-28


修行大師像をぐるりと囲んでいるのは、四国八十八ヶ所札所の石碑。一巡すれば、それぞれの国の道場八十八ヶ所を参拝したことになります。

2015-11-08-14-06-49


修行大師像とは、弘法大師空海様の修行時代の御尊像です。
私が園児だった頃は、確かここに草鞋もあったはず。
「なむだいしへんじょうこんご~(南無大師遍照金剛)」と言いながら、柄杓で水をバシャバシャかけていたような記憶が…

2015-11-08-14-08-02
 
2015-11-08-14-07-29

2015-11-08-14-19-27


本堂の前には慈母観世音菩薩像があります。
観音様が守っている3人の子供は、現在・過去・未来という三世の意味。

2015-11-08-14-13-46

2015-11-08-14-13-49


昭和49年に建てられた、立派な本堂です。
地獄の閻魔大王でお馴染み十王図像の掛け軸や、伝持の八祖の掛け軸、阿弥陀如来三尊立像、弘法大師・空海様の座像、興教大師・覚鑁様の座像もこの中にあります。

2015-11-08-14-19-51

2015-11-08-14-18-49

image

2015-11-08-14-12-45


こちらは境内にある、折戸弁財天堂です。

2015-11-08-14-08-31
 

弘法大師空海様の作だと言われている、弁財天像がちらり。

2015-11-08-14-09-15


こちらは、檀信徒会館・光明殿。
中には光明殿の御本尊である、千手千眼観世音菩薩の掛け軸が安置されています。
ここは、法事の後の食事や、写仏の会などの会場として使われています。

2015-11-08-14-05-59

2015-11-08-14-06-17


あった!銀杏!
拾いたい衝動を抑えつつ、まだ境内をうろつきます。

2015-11-08-14-10-22 

いつの日か、船橋をぶらぶら歩いていたら、可愛らしい手ぬぐいの飾られた額を発見。
『浄土宗・専修院』と書いてあったので、後日少しだけ見に行ってみました。

2015-11-02-14-29-18


夜の専修院。本堂の中で輝いているのは、御本尊の阿弥陀如来です。
あえて夜見に来たのは、この景色のためです。

2015-11-03-17-13-37


この辺りは寺が密集しています。
こんなふうに、力強い松の木など、周辺の植物も見応えあり。

2015-11-02-14-30-09


行法寺の山門前から撮影。
中に高さ1.8メートルの日蓮像があるのが見えます。

2015-11-02-14-32-16


お寺に狛犬って珍しい気がします。

2015-11-02-14-32-27

2015-11-02-14-32-35


こちらは圓蔵院の本堂です。

2015-11-02-14-40-15


圓蔵院の山門をくぐってみます。

2015-11-02-14-35-29


大香炉。
いつも神社ばかり行っているので、こういうお寺ならではの物を見るのが新鮮です。

2015-11-02-14-38-40


灯篭のデザインも、オシャレな感じ。

2015-11-02-14-36-28


圓蔵院の地蔵尊堂。
鰐口を鳴らすと、なんとも良い音。神社の鈴とはまた違う良さがありました。

2015-11-02-14-37-17


昭和7年建之の百度石がありました。

2015-11-02-14-35-46

2015-11-02-14-36-03

2015-11-02-14-39-41


こちらは不動院。

2015-11-03-17-09-03


不動院の入口には、飯つぶ地蔵と呼ばれる大仏が。
毎年2月28日、大仏に白米ご飯を盛りつけて供養するそうです。

2015-11-03-17-10-44


大仏にごはんを盛りつけると言っても、まあ、大したことないだろう。
きっと、手の辺りにおにぎりを置くんだろうなあ…

そう思っていたのですが…

画像を検索すると…

マジか?!これ!

じぞう4

えええええええええ?!

じぞう
 
来年、行かなきゃ…!

じぞう5


こちらは最勝院。
横には地蔵菩薩尊像が安置されている、最勝院地蔵堂がありました。


2015-11-15-15-49-20

2015-11-15-15-49-57


こちらは浄勝寺。
船橋宿の遊女たちを救うために立てられた『お女郎地蔵』が墓地にあるそうなので、今度改めてじっくり訪れたいです。

2015-11-15-15-45-32


こちらは夜の覚王寺。
もう少しじっくり見たいけれど、また今度。

2015-11-03-17-19-27

このページのトップヘ