⚠️メンテナンス中⚠️狭いベランダは我が森ぞ

言いたい放題な生息記録

タグ:神社


おばあちゃんが、買ったばかりのタブレットで猫画像見てる!!!
94歳で人生初のインターネットに手を出すとは……さすがです。
慣れたらパソコンを買うとか。

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まあ、買ったのは母なんですけどね。
母もすごいですよね、64歳で人生初のインターネットですから。
ワンクリック詐欺にビビってます。

まだ使い方がわからないそうなので、ゲーム好きな母のために無料のゲームアプリをたくさん入れておきました。
次に会う頃にはゲーマーになっていることでしょう。


屋内神のコンコン様にも、ちゃんと挨拶しました。
とても可愛らしいです。

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晩御飯は角煮定食。がっつり食べて元気にならねば。
数日前に職場復帰したのですが、まだ顔に少しだけ麻痺が残っているんですよー。なかなかしつこいです。
痛みが無くなっただけでも気は楽。これ以上休むわけにはいかないし、なるべく休憩しながら頑張ります。

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これ、作っちゃいました!

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布を三枚重ねにして四隅を縫い、紐を通し、さりげない飾りと鈴を付け、かなり頑丈な作りになっております。
いや、『ふんどし』じゃないです。

ji



そして、今日、これを持って行ってきました。以前行った『妙見神社』へ。
境内の奥にひっそりと、劣化の激しい寄せ集めの石塔群があったことを、以前書きましたね。

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その中に一匹の狛犬がいたことを覚えているでしょうか?
パートナーを失った、年代不明の狛犬です。

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私はこの狛犬が気に入り、その後も会いに行きました。
そして、ふと思いついたのです。胸元や脚の劣化を防ぐためにも、お地蔵様がかけているよだれかけのような赤い布をかけてみてはどうだろうか?と。
色々調べてみると、狛犬でも赤い前掛けをしているものがあったので、変なことじゃないなら、と思い制作開始。

ついに今日、プレゼントしに行ったわけです。

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なんだか、鬱蒼とした暗い感じが無くなったような気がします。

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遠くからでも目立つようになりました。
これからは、手を併せに立ち寄る人も増えるかもしれませんね。

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前回撮り忘れた、不要になった賽銭箱。本殿横に放置されています。

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前回は咲いていなかった水仙も、境内の片隅に咲いていました。

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またカラスウリをひとつ拾ったので、解体して御守りを作りました。
今夜から祖母宅に行くので、持って行きます。

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八坂神社へ向かいます。
道路脇には蔦の這うシートが。土が舞うのを防止するためにかけられたシートなのでしょうけれど、私にはゲリラ戦の待ち伏せ用か何かに見えてしまう…

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この八坂神社は、大正13年に津田沼駅前の商店街で祀られていたお稲荷様を、昭和50年にここへ移転したものだそうです。

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私の目当てはこちら。
「皇紀二千六百年紀念」と刻まれた国旗掲揚台です。

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いつものことですが、手水に水無し。

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狛犬は、まるで飛びかかってきそうなポーズと表情でした。

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登山紀念碑のほうは、裏面に「大正14年7月」とありました。

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これは何でしょう?宇宙っぽさを感じてしまいます。

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境内の木に、サルノコシカケが。

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さて、次の目当てへと探検を続けます。

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日本一小さい東照宮(本当にそうなのか?)、船橋御殿跡地に建つ東照宮。

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船橋御殿は、徳川家康の命を受けた伊奈忠政により、慶長19年前後に建てられたそうです。
そして、家康の死後、寛文10年代に閉鎖。後に、宮司・富氏が跡地へ東照宮を建てました。

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境内には御殿稲荷大明神もあります。

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またしても手水に水無し。
私が行く神社のほとんどは、水が無いかあっても数年放置でドロドロか。

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東照宮というと、日光東照宮が有名ですね。
日光東照宮のホームページを開いたら、家康のアニメがかっこいいBGMと共にスタートしたので、一瞬ビビりました。

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この東照宮は小さいですが、やはり貫禄があります。
ちなみに、元和元年(豊臣家を滅ぼした後の11月)、東金鷹狩りの帰りに家康が船橋御殿に宿泊した晩、船橋は町じゅう消失の大火災になってしまったそうで、この火災は家康を狙ったものという噂もあります。


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昭和2年4月17日、御殿稲荷、東照宮、石垣の修繕記念碑です。

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こちらは昭和12年7月吉日の、御殿稲荷新築記念碑。

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御殿稲荷大明神には、たくさんの幟がはためいていました。

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少し怖い表情のおきつね様が並んでいます。

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昭和45年3月3日に設置されたとのこと。

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東照宮と御殿稲荷大明神の間に、ぽつんと石塔が建っているのを発見しました。

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文字が読みにくいですが、稲荷という文字は確認できます。

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側面には、明治33年3月吉日とありました。

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ふと御殿稲荷神社の裏を見ると、石碑がありました。
なぜこんな場所に…

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裏には、明治十有八年二月建之、と刻まれています。

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境内で草木瓜(クサボケ)の実を発見しました。

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太宰治が好んだという、御蔵稲荷(九日市郷蔵跡)に来ました。
飲食店と公園に挟まれた小さな神社ですが、赤がとても目立ちます。
祭神は宇賀魂神。作物と食物の神であり、土地の守護神です。

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寛永19年の飢饉以来、徳川幕府は関東各地の村々に倉庫を建てました。
年貢米を一時的に保管したり、飢饉に備えて穀物を貯えるためです。
そのうちの一つがここ、九日市村郷蔵。(九日市村は、現在の本町・湊町・北本町)
延宝、亨保、天明の飢饉の際、村人たちは郷蔵によって救われ、餓死者も出ていません。
 
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九日市郷蔵は寛政3年の津波で失われ、以降は再建されませんでした。
境内に碑文があったので読んでみます。

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以下、碑文より抜粋

寛政三年御蔵は出水の為流失、御蔵への感謝をこめ地元民が浄財を募り稲荷祠の社殿を大きく建直し、四季折々の祭を行って来た。
慶応四年船橋宿一帯は戊辰戦争の兵火のため大半が焼失させられた。

その復旧工事中の翌明治二年土取り中御蔵稲荷東北、郷御蔵跡地あたりから、渡来銭の詰まった大瓶三口が出土した。
瓶は高さ四尺(一、二メートル)中国銭貨の洪武通宝、永楽通宝等弐百五十貫余(約九四〇キロ)も入っていた。
地元では馬六頭で葛飾県庁に届けたが、一部恩恵に浴した者もあったという。
その後明治二十一年に、経緯を刻んだ「銭瓶遺跡之碑」を建立したが、昭和中期頃失われた。

昭和初期文人太宰治氏は鄙びた御蔵稲荷を好み、その作品にも書き残し、いくつかの口絵写真でも、御蔵稲地を背景に使っている。
昭和三十年代に急激な都市化により、船橋地名の起りであり、山、里、町、浜の文物交流の動線であった海老川が毎年の様に溢れ、氾濫がくりかえされた。

昭和三十六年浸水家屋敷二三八戸であったものが昭和六十一年には二、四二六戸と増大、当町会の三分の二が泥水に浸り、物心両面での困苦は筆舌に盡しがたいものがあった。
その都度町会集会所を兼ねていた御蔵稲荷社殿が、避難所、食事の炊き出し所として、被害町会民のために役立った。

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手水は、やっぱり水無し。
エアーで行うと不審者がられるので、心の中で手と口を清めます。

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平成に入ってからだいぶ修繕されたようで、鳥居も手水も、灯篭もおきつね様も、全てが新しいです。

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ipadで写真を撮っていたら、マダムに声をかけられました。
「あら!ずいぶん良く撮れるのね!それ、良く撮れるのね!」と。

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こんな貼り紙が。
確かに、夜ここで寝ている人がいらっしゃいますね。デラシネ人と言うか、レゲエ風の人と言うか…私だって明日は我が身ですから、悪くは言えません。

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境内で赤い荷車を発見しました。
とにかく赤がたくさんの神社、赤が好きな私には嬉しい場所です。

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