⚠️メンテナンス中⚠️狭いベランダは我が森ぞ

言いたい放題な生息記録

タグ:蜘蛛

ついに、船橋で最も気になっていた場所へ向かいます!
南本町44番地。放棄された塩田跡地に、強制疎開によって現東京都江東区辺りから移住してきた方々が集落を作った場所。戦後も都内からの引揚者が住み、都疎浜と呼ばれた場所です。
現在も不法に放置されたままのバラック群(いくつかは崩壊し撤去された)は、水路沿いに続いています。


その前に、まずはこちらをご覧ください。
真新しく都会チックなタワーマンションがドーン!

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この辺りではこういったピカピカのマンション等が目立ちます。
ボロボロのバラック小屋なんて絶対に無さそうな雰囲気。

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しかし、すぐ横の水路沿いに、それらはあるはずなのです。
さっそく千葉街道から外れ、水路に沿って歩いてみます。

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これまたピカピカの一軒家が立ち並び、「うーん、もう全部撤去されちゃったのかな?」なんて思いながら歩いていたら、ありました!
ほとんど植物に飲み込まれていますが、一軒目発見です。

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今月末までに撤去しないと廃棄物として処理しますよ的な看板が。
無くなる前に来て良かったです。

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裏側はこうなっていました。

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すぐに二軒目も発見。

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本当に、『あっち側』とのコントラストが凄い。未来と過去のような。

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横から見たら、もはや壁がありませんでした。

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立入禁止の看板。以前はここにも小屋があったのでしょう。

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川には鴨が泳いでいました。

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またまた発見です。

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少し開けっ放しの窓から、『けいさつ用語・人を見たら泥棒と思え!』『火の用心』という手書きの貼り紙が。

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横には放置自転車がありました。建物の崩れ具合もよくわかります。

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錆びた看板と謎のドラム缶。

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次々と廃屋が現れます。

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えっ?何これ。なぜシャッターが三角に切り抜かれているのでしょうか?

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うわっ!横から見たら、火事の跡が!

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そして、女郎蜘蛛がいました。

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かつて船橋には遊郭が数多くあり、昭和3年にはそれらを集めた一画が船橋新地と呼ばれ、戦後も赤線として栄えました。
残念ながら、唯一残っていた妓楼跡は2009年の2月16日の火災で全焼。また、5軒ほどあったストリップ劇場のうち、唯一残って営業を続けていた若松劇場も、2013年8月末に閉館してしまいましたが…

また、船橋と言えば漁業や農業が盛んであり、一時期は食料物資の豊富な闇市として、『日本の上海』と呼ばれるほどでした。 
今でも、市場は活気があります。船橋漁港は、ホンビノスや海苔、カレイやスズキなどが獲れることで有名です。


時代は移り変われども、よーく目を凝らして探検すれば、まだまだ昔懐かしい場所やその痕跡が残っています。
廃墟、懐かしい物、珍しい物、気になるものなど、船橋で撮りためた写真を、これからちょこまか載せていきたいと思います。


まずは、9月23日に閉店してしまったゲームセンター、『フジ』です。
今月の11日に通りかかったら、解体中でした。

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フジが無くなってしまったのは、結構ショックです。
昔ながらのゲーセンは、どんどん無くなってしまいますね。

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次は、もう何十年も前に閉店したであろうビリヤード場。
そのままになっているドアには『撞球』の文字。すごい古さを表しています。

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こちらも昔は数々の旅人が訪れたであろう場所。『齋藤旅館』です。
その一部では、駅ビルが改装中のため移転してきた、靴の修理や時計の電池交換を行う店が営業中です。

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齋藤旅館の表札はそのまま残されています。

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細道をうろうろしていたら、廃墟を発見しました。

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木戸がゴルフで補強されていました。

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玄関横から、昔の暮らしを犇々と感じました。
ボットン便所の便槽から、臭突が伸びています。
右側のは洗い場。家に入る前、ここで泥を落としていたのでしょう。

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鬼蜘蛛がいました。わかるかな?

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廃墟の近くで、森永牛乳の木製箱を発見しました。
すっかり色あせていますが、元々は鮮やかな黄色だったはず。
ウルトラプロセス(超高温殺菌法)が採用されたのは昭和32年なので、その頃の物だと思います。
側面には共和乳業の文字と、古き住所、電話番号が。共和乳業、今はありません。

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お次は、『柴田マッサージ』です。
たまにネット上で「あれは何?」と話題になっています。

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いつ閉店してしまったのかは不明ですが、看板に『乳もみ』とあることから、営業は結構昔だとわかります。
昔は、母乳の出にくい女性のために、こうしたマッサージ店があったのです。

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こちらは1926年(大正15年)に開店して以来、たくさんの人に愛された『ときわ湯』です。
漁師町として栄え、風呂のある家など稀だった時代、そんな時代が過ぎてからも営業を続け、いつの間にか船橋市内最古の銭湯に。
しかし、2011年9月29日に閉店してしまいました。

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店の前には明治牛乳のベンチが。わりと状態が良いです。

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こちらも古い建物です。扉の向こうが気になります。

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今回の散歩はこのくらいにして、駅に戻ります。

締め括りに、道で見つけた警察緊急通報BOXです。誰かに蹴りまくられたのか、ボッコボコです。
誰がこういう酷い事するんだろう。こういう事をするような人がいるから、設置されたんだろうなあ。

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今日はこの二カ所を見てきました。

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まずは矢印1の場所へ。
木が一本だけ立っているので、すぐにわかりました。

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木の下には、馬頭観音が並んでいました。

馬頭観音《(梵)Hayagrīva》(ガヤキリバ)は、六観音・七観音の一つ。観音菩薩の変化身です。
魔を馬のような勢いで打ち伏せ、慈悲の最も強いことを表します。

江戸時代には、馬の供養と結び付いて信仰されるようになりました。
仏教本来の『観世音菩薩』ではなく、馬の無病息災を祈る民間信仰が生まれたのです。

農家では農耕馬の、馬の産地では生まれ育つ仔馬たちの、そして馬稼ぎの人々にあっては馬と歩む道中の安全を祈ったり、道中で倒れた馬たちの供養として、様々な理由で馬頭観音は作られました。
また、戦争時代には馬の血を抜き、負傷した兵士用の血清を作ったりと、たくさんの馬が犠牲になりました。そんな馬達を供養するために作られた馬頭観音もあります。

ここの馬頭観音は戦前のものなので、おそらく農耕馬のために作られたものでしょう。

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左はかろうじて『馬頭観音』の文字がわかりますが、何年に作られたものなのかはわかりません。

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真ん中は、しっかり文字がわかります。明治十一年、寅十二月四日。

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右は最も古いようです。文字がほとんどわかりません。

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近くには粘菌だらけの切り株が転がっていました。

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横の畑に何か背の高い植物が生えていたので近付いてみると…

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立派なオクラでした。

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オクラの花も咲いていました。

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今度は矢印2の場所へ。
駐車場の奥に、ひっそりと佇む祠があります。

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何年に作られたものかは不明ですが、お稲荷さんです。

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近くには女郎蜘蛛が。探検のたびに見かけます。

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祠の横では、白い芙蓉(フヨウ)の花が咲いていました。大きな蕾が特徴的です。

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祠の向かいにある南天も見事です。

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では、一番奥に行って締め括りたいと思います。

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ここが最も雑草だらけで、鬱蒼としています。奥には遊具。

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上を見上げると、女郎蜘蛛がいました。

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足元には素敵な色をした野葡萄(ノブドウ)の実。
しかし、味はマズく、虫えい形成生物(Gall-maker)であるブドウタマバエやブドウトガリバチの幼虫が寄生して虫えい(Gall)を作っていることがほとんどなので、食べないほうがいいです。

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これは屁糞葛(ヘクソカズラ)です。酷い名前だよなあ。
実の汁はシモヤケなどに効くそうですが、名前から想像できるように匂いがヤバいんだとか。

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はっ!こ…これは!我が愛しのドングリ!

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見上げると…

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ああ、立派な樫(カシ)の木だ。
どうかこれからもずっと、切り倒されずここにあってほしい。

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もちろんドングリを拾いました。
こんなに拾ったのは、ここ数年で一番です。

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並びには桜(サクラ)の木。こちらもかなりの樹齢だと思います。

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椿(ツバキ)の木もありました。

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色んな植物があって楽しいです。

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さっきの遊具のところまで入ってみます。

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また女郎蜘蛛がいました。活発に動いています。

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蜘蛛の巣を壊さないように注意して、遊具に到着しました。

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錆びたブランコに愛馬を乗せてみました。

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ブランコの裏には雲梯が。その奥から見た景色です。

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その後、銀杏を一粒ずつ解体し、よく洗いました。
素手だとかぶれて手がボロボロになるので、ゴム手袋を着用。

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ベランダに数日間放置します。

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これで防衛省西船橋官舎の探検記事はおしまいです。
廃墟特有のおどろおどろしい感じは少なかったけれど、なかなか見応えがありました。

さて、ついに最後の棟、四号棟です。

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青いドアの小窓から、外の光が燦々と。

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部屋は日当たりの良い和室です。

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赤いドアです。私が住むならここがいいなあ。

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四階は黄色のドア。

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4-401はエメラルドグリーンのドア。

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4-405と4-406の階段から見た景色です。
並びに二号棟が、向かいに一号棟と三号棟の裏が見えます。

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一旦出て裏に回り、四号棟を裏から撮りました。
ゴミ捨て場には網戸や棚、スノーボードブーツなどがありました。

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ん?誰が何のために?
キャンプファイヤーでもしようと思った…というわけではなさそうですが。

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廃墟【防衛省西船橋官舎】その5へ続く

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